mihajlovic's Tumblr RSS

Archive

4月
7th
permalink

仲良くなったのは高2の時の化学の実験の授業がきっかけだった。
そこで同じ班になった二人。三村は暇を持て余してプラスとマイナスのワニ口クリップをつなげて遊んでいた。
すると大竹がこれ以上電圧を上げてはいけないというラインを越えてつまみをひねるとその機械が爆発した。

大竹「俺がコイツを爆発させたときに発した『オイッ!』っていう、それを見たとき以来ですから。コイツに仕掛けて、小手先じゃなく出た魂の叫び。その瞬間からずっと変わってません

permalink
- しつけ。厳しく言わず穏やかに、そして最低10回は言い聞かせる。気長にとことん繰り返す。忍耐ですね。

- 褒めるときは、できた行為をそのまま言えば良く、「すごいね」「えらいね」まで言わなくてもよい。「ご挨拶できてえらいね」よりも「ちゃんとご挨拶できたね」。ちょっと前の「すくすく子育て」(テレビ番組)でも褒めすぎ注意の話題がありました。私も褒めすぎだったので気をつけます。

- 叱るときは「なんで机に登ってるの」よりも「降りなさい」のように具体的な指示がよい。すべきことを具体的に言う。

- ダメ出しは二言目に。最初は受け入れる。汎用的。

- 子供は「すぐに飽きる」のではなく「すぐに満足する」。ポジティブ!

- スーパーなどでの「これ買って」は「これ気に入った」程度の感想を述べただけなので、「ほんとだ、それいいね」など肯定すると満足することも。まあ確かに私も「あれほしい、あそこ行きたい、だっこして」との要求に「そうなの、そうしたいよね」で答えてから「あ、トラックきた!」など別なことに気をそらしています。万能ではないけど効果はあります。
permalink
ラスボスのブウに対して孫悟空が「お前は凄い」「よく頑張った」「たった一人で」と述べるシーン。あぁ、これが鳥山明先生の本音なのだ、と。この台詞はピッコロ大魔王にもラディッツにもベジータにもフリーザにもセルにも言っているようにすら思えるね。お前は凄い!たった1人でよく頑張った!だから最後はウーブを出したのだ。生き返ったのだ。ブウだけでなく今までのボス達の想いがあると僕は思うのです。だからGTは絶許!
permalink
武田氏
「そこで私は先生は今までの敵キャラって好きで描いてました?と苦し紛れに言ったんです。先生が言うには、あまりかっこいい敵キャラというものは描きたくなかったという事なんですよね。そこで最後に国民的なマンガを締めるのであれば、先生の描きたかった見た目のキャラクターにして終わらせるというのはどうでしょうか?というディスカッションをし、その結果あの魔人ブウが出来たということなんです。」
「魔人ブウって今までの敵キャラと違い悪いことをしてやろうっていう意志が無いんですよね。(中略)先生はとにかく動物が大好きで。カリン様とかも自分の飼ってる猫だったり。そういうのがあって、動物には非常に優しい方なんですよね。むしろ
人間てのが一番汚いんだ、という。なので、犬は生き返ったけど老人夫婦は生き返ったかよく分からないまま」
鳥山先生は敵役はエライ!って言ってるんですよ。要するに悟空側は寄ってたかってなんですよ。でも敵はたった一人で戦っている
permalink
鳥山明先生が「ドラゴンボール」を無理やり描かされてたのは有名な話ですね。本人は辞めたがってのに、国民的漫画だから辞めさせて貰えない。何度も、ここで辞めさせてくれと懇願したのに続き描かなきゃいけない。そんな中で、私が鳥山明先生の描きたいものはこういう事だったのかと理解したのがラストのブウ編である。

以前に、「漫道コバヤシ」という番組でドラゴンボールを全巻読むという企画があり3代目担当編集・武田冬門さんゲストで登場し「ドラゴンボール」の裏話を色々と語っていました。限界を超えて描き続けた鳥山明先生はセルゲームで本当にもう辞めると心に決めていたのである。しかし、辞めさせないのは週刊少年ジャンプである。説得するのである。そして語られる、今まで無理やり描かせたけど、鳥山明先生の好きに描いていいですよというもの。だからまだ続けろ的な意味ですけど、そこから鳥山明ワールド全開になったのだ。これが鳥山明先生の描きたかったものなのだ。
4月
5th
permalink
親戚の子供がヤクザ映画にハマってるのか、「奥歯ガタガタ言わしたろか!」とか変な言葉を覚えだして、夕食時、俺が誤ってお茶をこぼしたら「どう責任取るんじゃワレ!小指出せや!」と言ってきたので小指出したら、子供その後どうしたらいいのか分からず、俺の小指にとんがりコーンをそっとはめてきた
3月
11th
permalink

遅延届けをたくさん出す学生は、デキが悪いのか?


私は現在、とある学校で1コマだけ非常勤講師を努めています。先生の話 » id:rikunora:20120407

出欠の確認には、登録カードをタッチセンサーによってカウントするという、自動改札のような仕組みを使っています。

私が学生の時分には出席用紙を回したり、ときには代返(?!)があったりしたので、ずいぶんハイテク化したものだと感心します。

このハイテク出席システムでは、当然、1分でも遅れると遅刻扱いになります。

たまに電車の遅れが発生すると、大量の遅刻者が出ることになります。

また、中には登録カードを忘れたり、機械の調子が悪くてうまく登録できない学生も居ます。

そうした学生は、後から「遅延届け」や「出席届け」を紙で提出して、

それを出席データに登録し直すのは講師の役目となります。

登録を行っていて、1つ気付いたことがあります。

届けを出す学生は、「どうも毎回同じ顔ぶれである」ということです。

届けは直接手渡しで持ってくるので、それが2~3回続くと、こちらも顔を覚えます。

一度顔を覚えると、「また持ってきた」という印象が強く残るわけです。

世の中には、俗に「2:8の法則」と呼ばれる経験則があるのですが、

出席・遅延の届け出についても、全体の2割に集中しているのではないか。

つまり一部のデキの悪い学生が、全体の足を引っ張っているのではなかろうか。。。

そう思って、届け出のデータを見直すことにしました。


まず、出席届けと遅延届けは、それぞれ何回出ているのか、届け出回数ごとの人数を積算しました。

image

確かに、最大6回届けを出している強者もいます。(7回は値=0となっています)

似たようなデータですが、(出席届+遅延届の回数)を人数ごとに積算したのが、下のグラフです。

(2種類の届けを同時に出している人もいるので、上のグラフとは少し異なっています。)

image

グラフを見て、すぐに気付くことは、全体的に滑らかなカーブを描いているということです。

このカーブにはどういった意味があるのか。

私は、これは等比級数になっているのではないかと考えました。

いま、学生全員にサイコロを持たせたとします。

全員でサイコロを振って、はずれの目が出た人は届けを提出するものとしましょう。

すると、全員の中から一定の割合で届けが出るはずです。

さらに、1回届けを出した人の中からも、同じ一定の割合で2回目の届け出を出す人が現れます。

さらに、2回届けを出した人の中からも、同じ一定の割合で3回目の届け出を出す人がいることでしょう・・・

何が言いたかったのかというと、「届け出の回数は、全くランダムに出現している」ということなのです。

詳細な数値は差し控えますが、調べてみると、確かにグラフの数値はほぼ一定の割合で減少していました。

およその見立てで、講義1回につき1人あたり約9%の確率で、ランダムに届けが出るものと推定されます。

ここに来て、すでに「特定のデキの悪い学生だけが足を引っ張っている」というモデルは成り立たないことが分かります。

もし「デキの悪い学生の一群」というものがあったなら、そこだけ突出したコブになるか、

少なくともグラフの「尻尾が太る」はずでしょう。

確かに5回も6回も届けを出す学生がいるのですが、この人数x回数で考えれば、

むしろ1人や2人は居るのが自然だというわけです。


次に、出席届けと遅延届けの、回数の相関をとってみました。

image

(この散布図で注意して欲しいのは、1点の重みが違っているということです。

 実際には、0,0 の点にほとんどの人が集中しています。)

相関係数 = -0.00、つまり全くの無相関ということです。

「出席届が多い人は、遅延届も多いのではないか」

なんとなく私はそのように予想していたのですが、実際には違っていました。

出席届と遅延届の間には、何の関係も無かったのです。

それでは、実際に欠席と遅刻の間には関係があるのか?

image

相関係数 = -0.04、予想を外れて、欠席と遅刻の間には関連性はありませんでした。

「よく遅刻をしてくるヤツは、よく休むのだろう」

一見常識に思えるこの推測は、必ずしも正しく無かったのです。

さらに、(出席届と遅延届けの合計回数)x(実際の欠席回数) を調べると・・・

image

相関係数 = -0.21。

(出席届と遅延届けの合計回数)x(実際の遅刻回数) を調べると・・・

image

相関係数 = -0.09。

届け出の回数と、実際の欠席、遅刻の回数の間にも、何ら関係は無かったのです。

※ ただし、遅延届けを出した人の遅刻は、実際の遅刻カウントからは除外しています。

※ 遅延届けを出した人を実際の遅刻に含めれば、当然、正の相関が現れるからです。


以上のデータから明らかになったのは、

 学生は何の作為も無くランダムに振る舞っている

ということでした。

当初、私は届け出をたくさん出す学生ほどデキが悪いのではないかと考えていたのですが、

むしろこの見方の方がバイアスがかかっていたようです。

人間は、繰り返しやってくるものを特に印象深く覚えがちです。

それゆえ、手がかかる学生ほどよく覚えられがちなのですが、

現実の事象は印象の有無によらず、全くランダムに起こっていただけなのです。


以上の理由から、私は届け出をたくさん出そうが、少ししか出さなかろうが、隔てなく公平に扱うことにしました。

でも、連続で登録カードを忘れてくるのは、やはり何とかして欲しいなぁ。

permalink

いずれにせよ、祖母の為にこの計算をしてみることにしました。一日に吸う本数、そして一本のたばこを何口で吸うかを元に計算をしてみました。自分で導いた計算の答えに満足した私は、後部座席から助手席の方に身を乗り出して祖母の肩をトントンと叩き、自信満々に言いました、「おばあちゃん! たばこを一口吸うごとに2分寿命が縮まるんだ! つまりおばあちゃんの寿命は9年も縮まっていることになるんだよ!」

この時のことは非常に鮮明に記憶に残っています。私が求めていた反応とは違う反応が返って来たのです。

(会場笑)

私は私の賢さと計算のスキルを祖父母に褒めて欲しかっただけだったのです。

「ジェフ! お前はすごく賢いな! こんなに複雑な計算が出来るなんて。人生の一年から何分が奪われるか、だって? 割り算も出来るのか!」

と、こんな具合にはなりませんでした。

(会場笑)

なんと、祖母が泣き出してしまったのです! 彼女が泣いている間、私はどうしたらいいかわからず後部座席に座っていました。それまでずっと黙って運転していた祖父がハイウェイの路肩に車を停めました。そして私の方に周って車のドアを開け、付いてくるように私を促しました。

「やばい! 怒られる!」

祖父はとても賢い穏やかな人でした。祖父に叱られたことは過去に一度もありませんでした。これがその記念すべき最初になるんだ、いや待てよ、もしかしたら、車に戻っておばあちゃんに謝りなさい、と説かれるのかもしれない、なんて不安に思っていました。今までこんなことは一度もなかったので、一体これから何が起こるのか想像もつかなかったのです。

彼はトレイラーの横で立ち止まりました。私もそこで止まります。少しの沈黙の後、彼は私をしっかりと見て、やさしく穏やかにこう言いました、「ジェフ、いつかわかる日が来ると思うが、賢くなるよりもやさしくなるほうがはるかに難しいことなのだよ」

permalink

カネでは計れない価値

 ドイツの市民がリンゴ林の景色を愛でたり、日本の少年が田んぼでメダカを追いかけたり、ということができるのは、当人たちにとっては大きな価値だが、その価値はカネでは計れない。

 たとえば、ごはん一杯分の米は20円で売り買いされる。これは稲3株分だが、この3株分の稲を育てると、オタマジャクシ35匹、トンボ一匹、ミジンコ5000匹、豊年エビ11匹が一緒に育つ。

 同時に田んぼは豊かな保水機能を持っているので、洪水を防ぎ、地下水を涵養する。さらに田んぼの上を渡る涼しい風を生みだし、また人々を和ませる田園風景を提供する。

 宇根さんが計算したところ、これらの価格は、控えめに見積もっても50円になる。すなわち日本の農民は20円で米を売りながら、別に50円もの価値を創り出して、周囲の人々に無償で提供しているのである。

 仮にこの20円の米が高いからと、その田んぼを減反して、外国から米を輸入すれば、「消費者」としては半分の10円で済むかもしれない。

 しかし近隣住民として見れば稲作が生み出していた50円分の価値が失われる。豊かな自然と景色が失われ、子どもたちがいろいろな生物に触れる機会がなくなり、洪水や水不足のリスクが高まる。

 カネで計れるものだけを追求していったら、カネでは計れない価値が失われる。ここに近代的な市場経済からはみ出してしまう農業の真の姿がある。

3月
6th
permalink

そして私はLINEをやめました。

大人になって何が良かったって、もう無理をしなくて良くなったことでした。嫌いな人とは適当に距離を置いていい。どこかのグループで気まずくなったら、もっと居心地の良いグループに乗り換えればいい。そもそもグループづきあいが苦手なら、一人で生きていけばいい。

中学生高校生の頃の、「特定のグループから外されたら、もう自分の世界は終わる」という切迫感が大人の世界にはなく、私は大人になってやっと「好きな人とだけ、好きなように付き合っていける」 ことを満喫していました。

さらに、大人は人間づきあい以外にやることがいっぱいあるのです。仕事も忙しいし、家に帰ったら子供たちの世話にあけくれる。家事をやっと済ませて子供たちと寝床に入ると、吸い込まれるように眠りに落ちてしまう。この大人独特の忙しさのなかで、例え職場やママ友関係でイヤなことが多少あっても、場面が切り替わってバタバタしているうちに私は忘れてしまうのです。私はそれが本当に幸せでした。とにかく大人はイヤなことを考えている暇がない!これが中学生高校生のときだったら、学校のグループは自分の世界の全てでしたから、うまいこと逃避もできず、家にいても何をしていても考え込んでいたものです。

LINEは、私から「大人の世界の良さ」を全て奪うものでした。

「好きな人とだけ、好きなように、無理しないで付き合う」ことも。

「あれこれ忙しく過ごしているうちに、イヤなことから逃れられる」ことも。

だから、私はLINEをやめたのでした。